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ものづくりについて

演劇×地域で人は豊かになれる?(北九州芸術工業地帯「ひかりとけむり」より)

      2016/03/23

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2015年9月〜2016年3月まで、北九州芸術劇場が中心になっている演劇フェスティバル「北九州工業地帯」に行きました。芸術を通した新しい「モノづくりのまち」をめざすフェスティバルだそうです。

私は演劇ライターとしてのお仕事もしていますが、数年にわたり、製造業(モノづくり)の専門雑誌編集/ライターもしています。
また、祖母と弟が北九州に住んでいることもあり、北九州は身近な土地でもあります。そんなわけで『北九州・芸術・工業地帯』というすべてのワードがドンピシャで、北九州へと向かいました。

……結果。
演劇ライターとしてと、製造業ライターとしてとは
それぞれの立場で、感想がちょっと違いました。

そのことについて「北九州芸術工業地帯」企画のうち3月11〜13日まで実施されていた、演劇的工場夜景ツアー『ひかりとけむり』を取り上げてみます。

『ひかりとけむり』は、劇団ままごとの柴幸男さんの作品が上演される船上クルーズ……『モノづくりの街北九州を代表する景観である工場夜景を背景に、ままごととドラマチックな船上ツアーを行います。幻想的で美しい光の中で夜の北九州を堪能できるツアー』です。

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まだ真っ暗になる少し前。観客は通常の周遊クルーズと同じく、防寒して船に乗り込みます。

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工場の夜景を見るクルーズのガイドさんが俳優で、通常の船上ツアーのように、見える景色を解説してくれます。マイクを使用しているので、船内のどこにいても声が聴こえます。デッキにいても、暖かい船内にいてもかまいません。

ときどきおばあさん(役者さん)が乱入してきて、思い出を語ります。おばあさんは生き別れたお姉さんとの思い出の煙突を捜していて……

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目の前の工場と、すこしだけ物語が交わる。
上演されるのは、ちょっとした物語。北九州の歴史と絡むわけでもないので、たとえばそっくりそのまま他の土地のクルーズでも使えるような、そんななにげない不思議なお話。

船に乗り夜景を見ながら、お芝居を観る。
そんな体験クルーズは、劇場で観る異世界のお芝居と違って、演劇が日常に入り込んできたようで楽しかったです。

そして、演劇とはなにかについて、改めて考えるきっかけにもなりました。
この「演劇的工場夜景ツアー」は、果たして演劇なんでしょうか?
浅草やお台場の船上クルーズや動物園や遺跡の案内係には、絶対にマニュアルにないだろってくらいオリジナルの話を話してくれるガイドのおばちゃんたちおじちゃんたちがいます。彼らの喋るお話は、けっこう完成度が高くて名物になっていたりするのです。そんなガイドさんたちの話すストーリーと、演劇的クルーズで観るお芝居ってなにが違うんだろう?

企画に関っている劇場スタッフの方にお話を聞いてみると、「演劇の役者さんでなく、地域の方がいつでも上演できるようなものを作りたかった」と仰っていた。なるほどなるほど。『ひかりとけむり』は台本があり、誰でも演じられることができるストーリー。お、これってまさに“演劇的”かもしれない(演劇ではない)。ふつうのガイドさんと違って、誰かが役を演じているし。あれ、じゃあ、演劇なんて観たことのないかもしれないガイドさんたちは、ガイドという役割を演じながらいろいろな物語をお客さんに聞かせているわけだよね。それって『ひかりとけむり』となにが違うんだろう?

演劇ってなんだろう。
この演劇的クルーズ『ひかりとけむり』に参加して、「ああいつも乗ってるいわゆる普通のクルーズは演劇だったのかもなあ」と思いました。そしたら、あえて“演劇”と名前をつけて企画・上演するこのクルーズってなんだろう?

そういう、日常と非日常が入り交じった時間が楽しい。
それは演劇(のようなもの)の楽しさでもある。

公共劇場が企画したイベントで、演劇の専門家が”演劇”として行う企画の意義と可能性ってなんだろう……なんて考えてしまうけれど、意義とかって必要なのかな。演劇って楽しかったり心が動いて満足だったらいいんじゃないかな?あー楽しかったよこのクルーズ!

という演劇好きとしての思いを胸に、
 
 
さて、ここで一度、話を「モノづくり/工業」という観点に移します。

製造業ライターとして、モノづくりに関わる身で思うのは、まず、工業地帯を舞台にする企画はとても嬉しいということ。さらに言うと、その土地や工業が演劇により盛り上がり豊かになったら喜ばしいな、と思うのです。

ただしこの『ひかりとけむり』は、別に工業地帯じゃなくたって構わないんじゃ……?と感じました。演劇と工業の距離があるなと感じたのです。北九州の歴史と絡むわけでもなく、そっくりそのまま他の土地のクルーズでも使えるような物語。

それって、演劇ライターとしては劇場を飛び出して楽しいけれど、製造業ライターとしては少し淋しかった。だって、“工業地帯”というある種のハコモノを外から観る演劇は、工業の現場の空気や実感からは遠く、工業の置かれた現実とも遠いんだもの。

工業地帯内の加工現場では、実際に製品を製造して、納品して、お給料を得て、ご飯を食べて生活している。そんな現実的なお金と、そこで働く人間の日常やこだわりや楽しみや悲哀や葛藤をひっくるめた場所こそ、工業地帯なのかなと思うのです。それが、遠かった。

さらに、『ひかりとけむり』を見る直前に、北九州の港を見渡せる場所に住む祖母の家に行きました。祖母は「最近は町へ降りても淋しくてね。あんなに工業で栄えていた町から、どんどん人が減っていくんだよ。淋しくなったねえ、北九州は」と呟いていました。
 
 
そんな、この場所で数十年生きてきた祖母の声を聞いて思いました。
モノづくりが好きで、製造業の仕事をしている一人としても、思いました。
 
 
地域の産業に、演劇はもっと入り込めないだろうか?
せっかく地域の公共劇場が運営する企画なんだし、「北九州芸術工業地帯」という名前だし、もっと演劇と地域産業を繋げられないかな?
 
 
今の「北九州芸術工業地帯」企画は、『工業地帯』という言葉を用いた「演劇イベント」です。
『ひかりとけむり』以外にも、モノレールで公演したり、街中で市民参加型のダンスをしたりと、街が華やかに盛り上がる企画がたくさんあります。地元の人はそこで、自分の仕事とは別に楽しんでいます。想像力や楽しさや笑顔が生まれ、その土地でしか感じられないものを観に、外から人が足を運んでくるでしょう。まるでお祭りみたいですね。ふだんの生活から離れて、ふっと楽しくなる時間です。

でもこれがもし、ふだんの生活にもっと近づいたらどうでしょう?具体的な例としては、もっと工業と演劇が密接な演劇企画で北九州の産業に関わるとか、もしくは逆に、思いきり幻想的な演劇でその土地に新たな物語を作って人を呼び寄せ、新しい経済を生むのでもいい。
どちらにしろ、もっと地元の産業・経済に絡めば、芸術も経済も一緒に豊かになるんじゃないか。そうすれば、土地に生きる人たちが「明日の日常が楽しくなり、かつ、経済が潤う」公共的な演劇になるんじゃないか。わくわく。
 
 
私は、演劇は心が豊かになると思っています。でも本当に人が豊かであるというのは、心だけでなく経済的にも余裕のあることだと思うのです。少なくとも今の日本社会においては。
 
 
だから、
「演劇のために地域をつかう」だけでなく
「地域のために演劇をつかう」ことができないかな。
それを、公共劇場がハブになってできたらいいな。
 
   
いえ、もちろん芸術が経済社会に入り込む企画を実行するのはとても難しいことだと思いますし、やりすぎるとイヤ〜な感じにもなってしまう恐れもあります。でも、北九州芸術劇場の企画はいつも面白くて、働いている職員さんも、周りの地元劇団の方々も、足を運ぶ観客の方たちも笑顔で気さくで真面目で、なにより場が明るい!ここにはいっぱい可能性が詰まっていて、演劇が幸せそうで、見ていてワクワクしちゃうから、こんなこともうまくできるんじゃないか?って想像が膨らんじゃうのです。

べつに、演劇が経済のなかに入らなければならないということもありません。むしろ小難しいことがないからこそ、これぞ演劇やん芸術やん!と思う気持ちもあります(意味なんてないこと大好きです)。

ただ、経済に還元しない演劇について、演劇に関わる立場としては楽しくて満足だしええやん好きやで!と思いつつも、産業や工業に関わる立場としては、ちょっと淋しいのです。

その満足と淋しさの狭間に、演劇と経済の溝があるのかもしれないなと、思っています。
 
 
だから今後は、地域経済と演劇を結びつけるという企画を(フリーランスのプロデューサーでもいいのだけれど、できれば)地域の公共劇場や公共団体が、もっと実施できればいいな。そうすれば、社会と演劇がより混じり合い、互いを必要としながら心も経済も一緒に豊かになれるんじゃないかな。
同時に、そんな社会的なこととは切り離した演劇にだって触れたいんだよなあ。

どこの地域にもいろんな演劇があって、いろんな演劇から観たいものを選べる……そんな未来になりたいな。なんて、ワクワクと夢想してしまうのです。

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