志村ふくみ『母衣(ぼろ)への回帰』展へ
志村ふくみさんの染織物を見ると、いつも涙がでてしまいます。
1924年生まれ。31歳で織物を始める。それから61年、今も、染め織り続けています。
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今から五十数年前……
何も修行していない人間が出品できるはずがないと母は反対した。
しかし私はたとえ十年修行しても今の気持ちは戻って来ないと思った。
その今しかないという絶対絶命が今の私を導いた。
貧しくとも、未経験でも、
何かそれを凌駕するものがその人にのりうつったら人は仕事をする。
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志村さんの染織る“色”を見ていると、涙が出ます。
なぜ、“色”を前にして打ち震えてしまうのでしょう。“色”は目の錯覚なのに。
「色彩は光の行為であり、受苦である」とルドルフ・シュタイナーは言いました。きっと“色”は、目を媒介に、脳の奥へ直接響いてくるんです。その刺激に脳が驚いて、涙がでるのかな。
そして文字を書く身として、“色”の前にただ涙が出てしまうことに、安心もします。なぜなら、言葉を持たないものに打ち震えられなければ、言葉は書けないからです。
志村さんの好きな詩人リルケは「詩作とは、天使と死者から託されたコトバを文字に刻むことだ」と言いました。
その志村さんの書く言葉もまた、染織物と同じく美しいです。随筆もそうですが、染織の作品タイトルは、布の向こうに景色が広がる自由さをくれます。
きっと志村さんも脳や、肌で、直接に受信しているものがあるから、美しい色を紡ぎ出し、かつ、美しい言葉が書けるのでしょう。
ああ、眼福。眼福な一日。