Art & Product

ものづくりについて

「なんでこれ上演したの?」と思われない演劇作品って?  【1月の演劇ふりかえり】

      2016/03/07

仕事がらいろいろなジャンルの演劇を観ますが、「なんでこれ上演した?」と思うことが多いです。

べつに理由なんて「訴えたいことがある」でも「楽しいから」でもなんでもいいんですけれど、「(なんでこれ今観たかよくかわかんなかったけど)あー楽しかった」になれない時は、口をついて「なんで?」と出ちゃいます。「なんで?」と思われたらそれは残念ですよね。

さて。

その「なんでこれ上演した?」という視点で、2016年1月に関わった演劇をいくつか振り返ってみようと思います。

 

まずわかりやすいのが
聖地ポーカーズ プロデュース
『HOLD THEM』@笹塚ファクトリー
2016年1月27日〜31日

12651168_1026033204120582_8648266559259036882_n

主催が、聖地ポーカーズというポーカーのイベント会社で、プロデューサーの酒井さんが演劇経験ありということもあり、「演劇をきっかけにポーカーを好きになってもらえれば!」と企画された舞台です。ポーカーを広めるための演劇。これ、めっちゃわかりやすいですね。しかも俳優として、世界のポーカー大会で日本人初のチャンピオンになった横澤真人さん本人が出演している!しかも自分役として、わざわざべガスから帰国してくれた……!!これは単純な演劇ではなく、ポーカーを題材とした作品としてとてもテンションの上がるイベントとなっていますね。

公演の内容は、劇団お座敷コブラの伊藤裕一さんが作・演出をし(監修は聖地ポーカーズ)、音楽・照明・被り物ありのギャグが炸裂する反面、すごく重い事件が下敷きになっていたりとシリアスな面もあり、エンタメ性の強い演出作品で、なにより役者さんたちが楽しそうでこちらも楽しめました。また「厨二病?」と言えなくもないアニメのOPのようなオープニングムービーで幕を開けるのは、好き嫌いを選ぶかもしれません(わたしは好きでしたが)。

でもですね、自分の好みと合わなくても「これをきっかけにポーカーを好きになってもらえれば」と事前に言われていると、「あ、こういう観せ方もありかもなあ」なんて受け入れる気持ちが膨らむのが不思議なもの。コンセプトと、コンセプトを伝えるプロデューサーや制作や演出の“お膳立て”は重要だなあと思います。とくに日本は、どこまでほんとうかは知らずですが、理由や理屈や肩書きが大事にされると言いますから……。

とはいえ外国が理屈を重視せず感性や感覚を重んじるかというと一概にはそうでもなく。現代美術家の村上隆さんなども著書で書いていますが、欧米のほうが「コンセプトを打ち出す」ことが自然にできている文化もあるのかなあ。海外の美術館で展示された絵画の横にある「説明文」、もしくは「企画パンフレット」。これには「企画意図や、歴史の文脈のなかでのこの作品の意義」などが明確化されているようすも目にします。

芸術に限らず、“メイドインジャパン”と評価の高い日本の製造業でもそうですが、「いいものをつくっていれば認められる」という思いが日本には強いと感じます。いえ、認められるとは思いますよ。でも認められるのにどれくらいかかるでしょう? 「この1週間の演劇公演期間中に今作の価値を認められたい!」というのと「数年かけて劇団の良さを浸透させたい」というのでは戦略が全然違ってくると思うので、どのようにお客さんと向き合っていきたいかという自分の活動全体の在り方を突き詰めるのも、演劇運営としては大事だろうなあと思いました。

 

それを受けて、
マキーフン旗揚げ公演
『胎内』@SPACE梟門
2016年1月27日〜31日

12640263_1027489367308299_3171514397972616851_o

旗揚げ公演にも関わらず、初日前から各所でインタビューを受けたりと注目でした。『胎内』は戦後、洞穴に閉じ込められてしまった3人の男女の会話劇です。関係性の変化や狂気、生きる事の根源的な意味を鋭利に炙り出す、三好十郎の人気作品。

まず当日案内のパンフレットで、演出・船岩祐太さんの文章のなかに「劇団主宰の藤井がこの作品をやりたいと言ったので、そういう作り方をしてもいいのでは、と挑戦した」(←意訳してます)というようなことが書いてあります。役者の「やりたい」という気持ちに沿った作品。なるほど。やりたいから、やりたい。とてもシンプル。こういう気持ち、大好き。とはいえ「やたら説明的な作品紹介文だなあ」という気もしつつ、舞台は始まりました。

かくして、役者の熱量の高い、演出・照明・音響などの効果のバランスの良い、作品性において満足度の高い演劇ができた。なにより俳優と照明が素晴らしい。飽きることなく、素直に「すごいなあ」と思いながら観ました。

でも、もし。事前に船岩さんの文章を読んでなかったらどうだったんだろう?
戦後の古い言葉遣い……現代日本のわたしたちの生活に寄せるでもない演出……戯曲のテーマは普遍的だからまあいいとしても、素直に受け止めるには時間がかかったかもしれません。説明的でなく、もうすこしスマートにお客さんを誘っていただけたら嬉しいな、とも思いましたが、この当日案内の文章がなければ「すごく良かったけど、他の作品での方がもっとよかったんじゃない?」なんて思ってしまったと思うので、当日パンフレットにありがとう、でした。

 

ちょっと視点を変えて、
西田シャトナー『ロボ・ロボ』@天王洲 銀河劇場
2016年1月16日〜24日

FullSizeRender (1)

80年代、劇団ピスタチオで公演された大人気作品を、人気若手実力派(イケメン)俳優で数度にわたり再演。これぞ「人気」「イケメン」が売りなのかしらね、と思うほど、客層もイケメン俳優狙いの方が多いと感じました。

登場人物は全部ロボットなので、全編が「ウィー、ガチャ」というサーボモーター音に合わせたロボットマイムで展開されます。人間がロボットを演じる。だからこそ表現できるロボットの感情があり、客席で心が右往左往する。これは、演劇にしかできない表現。

「なんでいまこれを上演したの?」なんて思わなかったのは、題材がロボットというSFだからか、現実社会でより高性能のロボットができあがるまでは色褪せないんだろうなあこの作品は、と感じるから。そして、全編マイムであるということで、若手俳優の実力を示すにもぴったりの作品です。さらにふだん演劇を観ない人も劇場に足を運びやすい配役と、ストーリー展開と、演劇くさくない雰囲気。90分(チケット発売当初は75分)という上演時間も、観劇初心者にも観劇フリークにも優しいです。
とてもバランスのいい一本でした。

 

ほか、鹿殺し『キルミーアゲイン』も、劇団結成15周年だからこそ、15年前の過去と現在が交差する物語には「ああそれ余計に現実とリンクして感動するよね」と感じるところもあり。「そういうコンセプト前提抜きにして作品としてはどうなの?」と意見を求める方もいるとは思うけれど、現実に勝るものはなかなかない、というのも事実。お陰様でとても涙いたしました。
毎回コンセプトに頼らず技術を磨いていくことも大事ではありますが、うまいだけでは伝統継承みたいになって、また作品の切り口が変わってくるだろうなあ。

12540952_1015648251825744_5268641730789797290_n

 

そして、すごく面白かったからこそ、ちょっぴり首をかしげてしまったのがロロ。

ロロ いつ高シリーズ 
『校舎、ナイトクルージング』@横浜STスポット
2016年1月7日〜17日

高校演劇とおなじく、上演時間60分(うち仕込み10分)というコンセプトはアトラクション的で面白い。演出も役者も達者で、ほどよい笑いと感動と、とにかく楽しい。チケット代は2,800円で、演劇としても高くはないし、わたしも満足!

さてここで、少し「高校生がこれをやるのとなにが違うの?」と思ったりもしてしまいました。いえ、高校生より完成度は高く、洗練されていて、飽きさせない。楽しかった。だからこそ、次のステップといいますか、『大人がここでこれをやる意味』をすっとばかしてくれるほど、大きな器の作品を観たかったなあ。せっかく大人になったんだから、「私が高校生だったら「大人になりたいなあ」と思えたんじゃないかな」というような作品にしてほしかったなあって思うのは……贅沢、でしょうか。

(追記:高校生に台本開示し、好きに二次創作して上演してもらえれば、というコンセプトはすごくいいと思います。その点では、それこそ上演する意味も可能性もあると思います。でもだからこそ「ある意味アマチュアである高校生が手が届きそうな芝居の質(実際はクオリティが高いので届かないんだろうけど)」であることは、その上演意義とマッチさせていいのかどうなのか……と、また、別の議論になってしまいそうです……)

 

2.5次元系の舞台に関しては「なんで上演したの?」という疑問とはまた違うところにあるエンターテイメントだと思いますので、ひとまず割愛。

 

最後に、オススメの2月公演。

劇団トラッシュマスターズ『猥り現』(2月18日〜28日)。

とにかく長い、とにかく重い、あと難しい、の三拍子。この劇団は、現代社会の重苦しいニュースを深堀りしまくったものをもうやめてええええええええと思うほど観せてきます。むちゃくちゃ重量感のあるドキュメンタリー映画をナマで見せられている感じ。でも演劇としてデフォルメされているからと気軽に観ていると、いつの間にかボディーブローくらってる。帰りたくても帰れません(途中で立ち上がれる空気じゃないし……)。見終わった時には、自分では気づいてなかったのに「お前はもう死んでいる」と言われたみたいな脱力感。
劇中でひとつの政治的意見を主張するのではなく、多方面から議論させるスタイルは、演劇ならでは。好みは分かれるでしょうが、演劇を身に纏って今の社会に思いきり飛び込んでいくというその姿勢は、あー演劇ってこうやって社会に関わっていけるのかあ、と思います。演劇を媒体に社会とつながる、そんなトラッシュマスターズの作品は、大学生くらいの時に観ていたかったなあ。

 - 演劇

演劇 製造業 ものづくり